いまこそ Python に "再"入門!! - 技術評論社『科学技術計算のための Python 入門』
積ん読消化週間ということで『中久喜 健司 (2016). 科学技術計算のための Python 入門 - 開発基礎、必須ライブラリ、高速化, 技術評論社』(以下、本書) を拝読しましたのでレビューを掲載します。
科学技術計算のためのPython入門 ――開発基礎、必須ライブラリ、高速化
- 作者: 中久喜健司
- 出版社/メーカー: 技術評論社
- 発売日: 2016/09/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)
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総評
本書の最大の特徴は、Python の文法や言語仕様の解説と、Python を分析ツールとしてみたときの用法がとてもバランスよく散りばめられている点です。
本書の内容は、大きく2つに別れます。Python の言語仕様や、開発するうえでの基礎知識を得られる前半と、いわゆる PyData パッケージ群について学べる後半です。前者については、動くコードを書くことを求めるあまり Python やプログラミング言語自体への理解がおざなりだったと考えている Python ユーザーに適した内容です。後者は、NumPy や SciPy などの有名な PyData 系パッケージを理解するための足がかりとなる内容で、これから本格的にデータ分析ツールとして Python を使い込んでいこうとするユーザーに役立つ内容です。
対象読者について
近年 Python の人気により、基礎から応用までの文法書は多く出版されています。データ分析に対する需要も引き続き高いようで、統計解析や機械学習関連本の刊行も活発です。後者にフォーカスを当てた書籍においても、副題に「Python 〜」と添えられていたり、サンプルコードが Python であるケースが目立ちます。
既存の書籍の傾向として、Python の文法にフォーカスを当てた書籍ではデータ分析の話題に触れられることは稀で、反対にデータ分析系の書籍においては、Python の文法に関しては概要に触れるだけにとどめられることが多いように思われます。これはもちろん、両者ともに奥深いものであるためいずれかにウェイトを置く必要があるからでしょう。
本書は「文法書」に近い構成です。分析手法や統計アルゴリズムはほぼ登場しません*1。本書後半のパッケージ紹介においても、著名な機械学習パッケージである scikit-learn の解説は省かれています。これが意図的なものであるのは、以下に本書 v頁より引用する想定読者からも明らかです。
本書の想定読者は、これから科学計算技術やエンジニアリングに Python を使い始めてみようと考えている方々で、たとえば以下のような方々です。
Python がどのような言語で何ができるのかを学びたい方
Python で科学技術計算を行ってみたい方
Python によるハイパフォーマンスプログラミングの基礎知識を学びたい方
Python の文法に加えて、実践的なプログラム構築法を学びたい方
今回のレビューとしても、上記がそのまま本書をおすすめできる読者層です。Python や科学技術計算といったワードから、例えばディープラーニングについて解説されているかのようなことを連想し期待するとミスマッチになります。
また、これは意見の分かれるところとは思いますが、プログラミング言語自体への入門としてはより平易な他の書籍を探すほうがよいでしょう。変数やデータ型などの基礎から解説されているため入門書とできないこともないのですが、全体的にフォーマルな解説で敷居高く感じられる読者がいるであろうことも否めません。
以下、各章について簡単にレビューします。
第1章 - Python の現状とその人気
導入部分で、技術的な内容よりも、「なぜ Python が使われるのか?」について紙面を割いている章です。「Python は最近人気である」「教育分野で利用が進んでいる」といった一般に聞くことがある内容を、論拠を示して解説しています。やはり一般に弱点とも言われる実行速度についてなどの言及もあり、「Python ってどうなの?」と聞かれた場合の回答としてはこの章を示せば充分なほどです。
第2章 〜 第3章 - 科学計算実装の流れ
「ロケットシミュレータ」を実装するという目的設定のもと、コーディングから静的コード解析、デバッグについて触れられているのが2章です*2。ユニットテストにも言及があるなど実践的でよいのですが、力学についての用語やそれなりの量のコードがいきなり登場するため、平易な内容を期待していた読者は多少面食らうかも知れません。実際、シミュレータ部分は読み飛ばしても全体の理解にはさほど影響がないので、次に進んでしまうのも一手です。
ユニットテストについては標準の unittest
や docstring
、サードパーティパッケージ nose
についての解説があります。これら以外の選択肢としては pytest がよいでしょう。
3章は 定番ツールとも言える IPython や Jupyter Notebook、IDE として Spyder が登場します。
本書の内容を学ぶにあたっては Jupyter Notebook の利用が最適でしょう。IDE が必要な方には JetBrains 社の高機能 IDE PyCharm をおすすめします。
第4章 〜 第6章 - 一歩進んだ Python 文法解説
4章から、Python の文法や言語仕様の解説が始まります。変数や関数の定義、データ型や予約語など、通常プログラミング言語の解説に必要な内容が掲載されていると考えて問題ありません。加えて、リストの状態による shallow copy
と deep copy
の違い関する解説など、Python の Tips がいくつか取り上げられています。
本書中のコードですが、一部変数や関数への lowerCamelCase
の採用*3や Single/Double Quote の揺れ*4など気になるものが若干ありました。命名については数学的慣例に基づいたことに依るものもあるように見えましたが、本書中で PEP 8 についての言及もあったことですし、一応この点に留意してコードを参考にするのが宜しいと思います。
また、文字列のフォーマットについて全体的に %演算子
を利用したコードが採用されています。この方法は古い方法であり非推奨とされているので、format()
関数を利用するほうがよいでしょう。
# %演算子 print("%d からカウントダウンします" % m) # format 関数 "{0} からカウントダウンします".format(m)
余談ですがつい先日リリースされた Python 3.6 から新しい文字列フォーマットの方法*5が増えていますね*6。
# Python 3.6 からの新しい方法 f"{m} からカウントダウンします"
第7章 〜 第10章 - PyData 定番パッケージの紹介
第7章からは、いわゆる PyData パッケージの解説です。NumPy、SciPy、matplotlib, pandas の4つに1章ずつ割かれています。いずれも多機能なパッケージであるため、より深い知識を身につけるには専用の解説書や公式ドキュメントの参照が求められます。本書はこれらパッケージの導入として考えるとよいでしょう。
matplotlib の割り付けの指定はとても参考になる解説でした。
第11章 〜 第12章 - パフォーマンス向上のための Tips
11章および12章については、実行速度の高速化についてのトピックです。特に大きなデータを扱う場合に実行速度は重要な点ですから、関心を持たれる方も多いと想像します。本書では、高速化のためのアプローチを4つに大別しています。
- ボトルネックの解消 => コードの最適化
- 処理の並列化
- ライブラリの利用
- JIT コンパイラの利用
「1. ボトルネックの解消」として for 文を極力控えるなどの Python における代表的なパフォーマンスに関する注意事項のほか、メモリの利用に関する解説があります。
「2. 処理の並列化」は、multi thread/multi process についての内容が扱われています。一見並列処理による処理速度の実行が期待される multi thread への注意点がありつつ、I/O バウンドのときは multi thread を検討してもよいよというアドバイスは端的でよいと思いました。
「3 .ライブラリの利用」は、パフォーマンス向上の解法として Cython を利用することを紹介する内容です。C言語で実装したライブラリを Python から利用する方法も解説されています。
「4. JIT コンパイラの利用」では代表的な JIT コンパイラ Numba についての解説があります。
Numba は Pure な Python コードに多少手を入れるだけでパフォーマンスを大きく向上させられる可能性があるのでおすすめの方法です。
本書中に別解として Numexpr も登場します。
まとめ - 文法解説、パッケージ紹介、パフォーマンス Tips のバランスのよい構成
ここまで見てきたように、Python の言語仕様に踏み込みながら、PyData パッケージの導入も担うという点で希有なバランスを保つ本書です。多少でも Python の知識があると読み易いレベル感でもあるため、既に Python ユーザーである読者が 再入門 する際の手引きとして最適です。他のプログラミング言語ユーザーが Python を学ぶための一冊として利用するのもよいでしょう。
高度な分析ツールの普及により、便利なパッケージに手を伸ばしがちな昨今です。いまいちど、本書を片手にプログラミング言語としての Python の特性を確認してみるのもよいかも知れません。
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